防災・災害
1923 年 9 月 1 日の死者 —— 87% は火災、府県別と死因(関東大震災・諸井・武村 2004 の集計)
1923 年 9 月 1 日(死者の 87% は火災。揺れは神奈川、死者は東京)
この図は、下の 1 枚の YAML から描かれています。手で図形を動かしてはいません。
正本に書いてある決まりごと
10 万 5 千人のうち、9 万 2 千人は火災で亡くなった。
1923 年(大正 12 年)9 月 1 日、正午 2 分前(11 時 58 分)、関東地震(M7.9)。土曜の昼で、台所では昼食の支度に火を使っていた。火元は台所の裸火などで、日本海(金沢の西の海上)にあった台風の強風に煽られ、数時間で大規模な延焼になった(台風の位置は気象庁「関東大震災から100年」特設サイト:9 月 1 日 6 時に金沢の西海上、18 時に三陸海岸へ。取得 2026-09-29)。
| 死因 | 人 | % |
|---|---|---|
| 住家全潰 | 11,086 | 10.5 |
| 火災 | 91,781 | 87.1 |
| 流失埋没 | 1,013 | 1.0 |
| 工場等の被害 | 1,505 | 1.4 |
| 合計(行方不明者を含む) | 105,385 |
全潰した住家は神奈川県 63,577 棟、東京府 24,469 棟(神奈川が 2.6 倍)。焼失した住家は東京府 176,505 棟、神奈川県 35,412 棟(東京が 5.0 倍)。震源に近い神奈川が強く揺れ、死者は人の多い東京で火に呑まれた。東京市の死者 68,660 人のうち 65,902 人(96.0%)が火災。
1995 年(見本 356)は 77.0% が窒息・圧死、1923 年は 87.1% が火災。 同じ「大地震」でも、昼と夜明け前、木造密集と強風で、人が亡くなる形がまるで違う。
報告書自身が「資料によって被害実数がまちまちである」と断っている(調査の主体・方法・単位・時期が違う)。この図は報告書が引く 1 つの集計(諸井・武村 2004)だけで描いた。検索で出てきた要約には「流失埋没 1,010・工場等 1,006」とあったが、表の本体は 1,013・1,505。 一次資料で直した。
- 地図。 焼失域・震度の分布は地図の精度で描く手段がこの図に無い- 個人・場所の逸話(被服廠跡など)。数表に無い話は描かない- 震災後の混乱の中で起きた事件。この図は数表から言えることだけを描く
出典: 中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会「1923 関東大震災 報告書 第 1 編」(2006 年)第 1 章 第 1 節、表 1-1 関東地震による住家被害棟数および死者数の集計(諸井・武村 2004 より引用)。
正本(YAML)
examples/gallery/357-1923年9月1日の死者の府県別と死因.zumen.yaml